2026年9月12日、東京某所。でもでも鯖という小規模なMastodonサーバーを運営する「鯖缶」の誕生日会に、16人が集まった。名古屋から、関西から、九州から。これはその一日のドキュメンタリーである。
「鯖缶」とは、サーバー管理者を指すインターネット上の俗称である。サーバーを「鯖」と書く古い言い回しから来ている。誰に頼まれたわけでもなく自腹でサーバーを立て、アップデートを当て、障害が出れば夜中でも起き出す。その程度には物好きな人種のことだ。
ことの起こりは2026年夏のある日である。とあるユーザーが、鯖缶の誕生日会を開催すると名乗りをあげた。しかも愛知県に住むユーザーである。
この主催者は、これまでいくつものオフ会を取り仕切ってきた、いわば幹事のプロだ。その実行力たるや凄まじく、言い出すなり、参加者が集まるかどうかも、ましてや主役の鯖缶が参加できるかどうかもわからぬ段階で、早々に会場を押さえていた。
開催日は土曜日。鯖缶は普段、土曜は出勤している。「もし参加できなければビデオレターを送ればいい」と別のユーザーが冗談を飛ばしていた。主役なのに。
ともあれ、有給休暇は無事に取得できたようだ。
当日まで、鯖缶は誰が来るのかをあえて知らずにいた。タイムラインを深追いせず、自分からその話題に触れることも避けていた。祝われる側が段取りを覗き込むのは無粋だという遠慮と、どれだけ集まるのかを確かめるのが少し怖いという気持ちが、半分ずつだったのかもしれない。
迎えた当日、空は曇り。ここのところ大雨が続き、季節柄、台風の接近も心配されていたが、この日に限っては奇跡的に傘をささずに済んだ。
会場へは時間通りに着いた。すでに主催者ともう一人が先に入り、黙々と準備を進めてくれていた。入り口には、鯖缶へのバースデーメッセージが供えられていた。

時間が経つにつれ、人はぞくぞくと集まってきた。とある者は名古屋から、とある者は関西から、さらには九州からこの日のために駆けつけた者までいた。
インターネットの集まりに地域は関係ない。とはいえ、名目は小規模SNSの一介のサーバー管理者の誕生日会である。それなのに、こうも遠方から東京に集まってくれたのだ。しかも最終的に、その数は16人にのぼった。
タイムラインの上では毎日のように言葉を交わしていても、互いの素性を詳しく知らないままということは珍しくない。それでも、時間と旅費をかけて会いに行く価値がある。参加者たちはそう判断したことになる。オンラインの関係は希薄だと言われて久しいが、少なくともこの日の東京某所に、その説はあてはまらなかった。
もちろん鯖缶に、これほど大人数の誕生日会を開いてもらった経験などない。人生初のモテ期が到来しているのかもしれない、などと自惚れたことを口走っていた。
この鯖缶は、飲酒が好きなことで一部では知られている。苦手な酒はほとんどなく、ビール、焼酎、日本酒、ウイスキー、ワインetc、なんでもいただく。といっても、決して酒が強いわけではない。飲めることと強いことは、まったく別の話である。
そんなこともあってか、会場にはビールサーバーが用意されていた。個人の誕生日会にビールサーバーである。さらにプレゼントや差し入れとして、あらゆる酒が続々と運び込まれてくる。開ける端から新しい瓶が出てくるような有様だった。


全てを写真に収める間もなかったのだが、ここに写っている以外にもあれこれと注がれ、鯖缶は早々に酔っ払っている様子であった。
持ち寄られたのは酒だけではない。自家製のおつまみ、自家製の梅干し、そして自家製のプリン。店で買ってきたものではなく、この日のために誰かが台所で作ったものが卓に並ぶ。まさにパーティーである。



どれも素晴らしくおいしく、さらに酒をすすませた。
そして、誕生日ケーキまで用意されていた。

宴がはけ、鯖缶が持ち帰ったのがこれらのプレゼントである。

どれも心のこもった品ばかりで、鯖缶の胸はとてもあたたまっていた。
会の途中、鯖缶は抱負を聞かれた。祝われる側として、当然といえば当然の振りである。だがアドリブに弱い鯖缶はたじたじになってしまい、その場ではうまく答えられていなかった。普段は文字でものを書いている人間が、声で気持ちを述べるのは勝手が違うらしい。
その鯖缶が、後になってあらためてこう語っている。
現在開発しているMastodonクライアント「Kurage」をはじめ、公開しているアプリの改善を続け、使ってくださるユーザーに愛される製品にしたい。
また、Mastodon鯖「でもでも鯖」を細く長く安定して運用し、今日集まった方々のような素晴らしいコミュニティをいつまでも残していけるように尽力したい。
それが、でもでもが今のところできる唯一の恩返しだ。
小規模なSNSのサーバーは、誰かが黙って動かし続けなければ、ある日ふっと消えてしまう。その「誰か」の誕生日のために、16人がそれぞれの街から東京へ向かった土曜日があった。鯖缶がこの日のことを忘れる日は、当分来そうにない。

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